◯女教師、1

あさ、眼をさますときの気持ちは、面白い。部屋の四隅に置いた目覚ましが鳴り響き(2種類の目覚ましを用意してある)、むくりと起きて、顔を洗い、ほうれん草のお味噌汁を啜って、家を出る。そこまで想像がふくらんだら、完璧。今日も私は、眠たい身体に鞭打って、職場に行くんだわ。ああ、よかった。これで人様に迷惑をかけない。でも、夢の中の私、さようなら。私はまだまだお布団で眠ってたい。あさは、いつも自信がない。自信があるのは、白粉と頬紅をして完成したこのお顔だけ。他の人よりちょっとかわいい。だから、この私のお顔を見て、「先生、元気がないね」なんて言う人はいない。私が元気に充実して見えるのは、みんながこの恵まれた風貌に騙されているからだ。きっと、誰もが少しだけ、私になりたくて、私のことを嫌い。

職場のみなさん、仕方がないって顔をしている。職場に入って一番最初にお目にかかる青森先生に、「おはようございます」。必ず個人的にご挨拶。この人は私が見えないところで、「ぶりっ子」って言ったんだ。だからこそ、こっちはもっとぶりっ子をしてやらないと、私が惨めだわ。青森先生は、自分の思い通りにしてくれる人が大好き。だから私はもっとお仕事をして、ぶりっ子をして、美味しいお菓子をご馳走してもらわなくちゃ。

あさの音楽。ブラスバンドの朝練習は、とても呑気で、張りがない。「8拍で伸ばします」と一番頑張っている部長さんも、本当は少し、休みたいと思っている。田舎の子は、どうもこうして、張りがない。真面目に、小さい集団でまとまって、満足している。「ちがう」と声を上げる子がいたらば、もっと良い音楽ができるだろうに。もっと喧嘩して、派閥になってバリケードを作って、音楽をやっているのかどうかもわからないくらいに暴れれば、生きるのが楽しくなる。生きることと音楽は似ている。音楽は人間の心臓が動いていることと同じくらい必然で不思議なもの。一番面白くないのは、真面目にやりすぎることだ。

今日も、秋田先生は同じ格好をしている。みんな、気づいているけれど、あえて言わないのが面白い。一昨日とその昨日は紫色のポロシャツ。昨日と今日は緑色の水玉のワイシャツ。秋田先生が大欠伸をするのを見て、「そういうところ、好きだな」と笑うのは、千葉先生。昨日も千葉先生は、私の家で短編集の一編を読んで帰っていった。6月までは誰より早く職場をあとにした。ここ数ヶ月は、そんな素行がまるで減った。癖のついた前髪は、汗まみれになって泥のように抱き合うときを彷彿させる。この前髪に触れるのは、私だけなんだから。真面目にお仕事のお話をしながら、不真面目に、秘密って好きだなと思う。学生時代から、秘密をもつ人に憧れた。いつか、深夜の居酒屋で、赤い口紅のお姉さんに囁かれたのだ。「いいものよ、秘密って」。